紫雲寺について

山 号
高足山(こうそくざん)
寺 号
紫雲寺(しうんじ)
宗 派
臨済宗妙心寺派
創 立
文永五年(一四四八年)
本 尊
延命地蔵願主菩薩
豊橋市の禅寺 紫雲寺の正門前 豊橋市の禅寺 紫雲寺の本堂内

紫雲寺の歴史

当寺過去帳歴代住持の部に「当庵中興用岳玄公首座」の方名を筆頭に記してある点からみて、それ以前荒廃していたものを玄公首座が再興、東観音寺末としたものとされる。玄公首座は永禄7年(1564年)示寂。

往昔、当寺を中心として東方に円応寺、南方に東福寺、西方に荘厳寺などの諸寺院が存在したといわれているが、後世寺趾も失せ、わずかに寺の呼称として里人の口碑にのこっているだけという。その興廃年次など不明。

「元禄4年吉田領神社仏閣記」ならびに「寺社間数録」に「高足村紫雲庵客殿五間半四間 東観音寺末寺平僧境内東西三十間南北五十五間」とあり、旧幕時代の寺領は三石六斗。「御朱印高三石六斗、但本納方にて当村円通寺観音堂料十石目の内ニ石、同村白山宮、神明宮、大明神社領八石目の内一石六斗 右は古来より御朱印次見の節江戸往来路次其他入用共に両所へ出し来り候」と享保十三年書上にあるが、「次見」は「継目朱印」のこととされている。

当寺本尊は「延命地蔵願主菩薩」。左右に金剛力士を配す。本尊脇に「大悲観音菩薩」が安置。
本堂は昭和五十六年十一月に落成、盛大に落慶法要を厳修。枯山水の中庭なども整備される。
大正初年に法地転格。戦時中には半鐘をはじめ仏具什器などを提出し、戦後に耕地二町歩を農地解放した。
昭和二十七年に寺号を紫雲寺に改称。平成一九年、永代供養塔を建立。

豊橋市の禅寺 紫雲寺の本堂本堂 豊橋市の禅寺 紫雲寺の内観

臨済宗妙心寺派の教え

ブッダのイメージイラスト

紫雲寺が属する臨済宗妙心寺派は、京都・花園の妙心寺を大本山とする禅の宗派です。

生活信条
一日一度は静かに坐って、身と呼吸と心を調えましょう
人間の尊さにめざめ、自分の生活も他人の生活も大切にしましょう
生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう
信心のことば
わが身をこのまま空なりと観じて、静かに坐りましょう
衆生は本来仏なりと信じて、拝んでゆきましょう
社会を心の花園と念じて、和やかに生きましょう
豊橋市の禅寺 紫雲寺の中庭中庭 豊橋市の禅寺 紫雲寺の枯山水

紫雲寺の六地蔵菩薩

六地蔵菩薩について

私たちは悪趣(悪い行い)をすることによって六つの世界(六道)を輪廻(生死をくりかえすこと)します。 六地蔵菩薩は六道において苦患を救うという六種の地蔵様です。

天 道
天人が住む平和で美しい世界。
人 道
人が住む世界。諸仏の教えを拝聴できる特権をもつ。死後再びこの世界に生まれる保証はない。
修羅道
戦いがやむことなくくりかえされる。ねたみの心が盛んで妄執にとりつかれ、その心は狭量で慈悲心がない。
畜生道
動物が住む世界。貪欲と淫欲盛んで破倫残害をなし蓄養されるも苦役に駆使され自由を得ない。
餓鬼道
いつも空腹な餓鬼が住む。皮肉痩せからびて常に飢渇に苦しむ。
地獄道
ここだけは行きたくない世界。閻魔大王が支配しており鬼達が罪人を呵責する。
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